こんにちは、小金井つるかめクリニック 消化器内科の川上智寛です。
秋の訪れとともに、健診を受ける方が増えるシーズンになりました。健診で貧血を指摘されたことのある方も多いのではないでしょうか。今回は、多くの方が健診で指摘されることのある「鉄欠乏性貧血」についてお話しようと思います。この貧血は消化管出血がきっかけになることもあるため、消化器内科としても重要なテーマです。
鉄欠乏性貧血は、体内の鉄分が不足することで引き起こされる貧血の一種で、最も一般的な貧血とされています。鉄は赤血球の形成や酸素の運搬に必要不可欠な栄養素です。赤血球の中に含まれるヘモグロビンというタンパク質は、鉄を含んでおり、このヘモグロビンが酸素を肺から全身の組織へ運ぶ役割を担っています。鉄が不足すると、ヘモグロビンの量が減少し、酸素が効率よく体内に運べなくなるため、様々な症状が現れます。
国民健康・栄養調査によると、日本の成人女性の貧血の頻度は15~30%で、特に40代の女性に多いといわれています。1975年には日本人の1日の鉄摂取量は13.4mgでしたが、2019年には7.6mgにまで減少しています。一方で、食事摂取基準(2020年)における鉄の推奨量は、成人男性で7.5mg、成人女性(月経あり)で10.5mgです。このような背景から、鉄補助食品の利用が普及していますが、依然として鉄欠乏の頻度は高い状況です。
鉄欠乏性貧血の主な症状には、疲労感、息切れ、めまい、頭痛、動悸、集中力の低下があります。さらに、異食症と呼ばれる症状で、土や氷を好んで食べるようになることもあります。また、爪が弯曲してスプーン状になる「さじ状爪」や舌炎を起こすこともあります。
原因としては、以下のようなものがあります:
1.鉄の摂取不足:偏食や無理なダイエット、摂食障害などが挙げられます。
2.生理的な損失:消化管出血や過多月経など。
3.妊娠や授乳:妊娠中や授乳中は鉄の需要が増加します。
4.消化器系の疾患:消化器系の病気や手術が鉄の吸収を妨げることがあります。
特に女性や妊娠中の女性、成長期の子供、慢性疾患を持つ人々は、鉄欠乏性貧血になりやすい傾向があります。僕は消化器内科なので消化管疾患の検査のために訪れる患者さんが多いですが、鉄欠乏性貧血がある場合、婦人科の受診をおすすめすることもあります。
鉄欠乏性貧血の診断には、貧血の程度を示すヘモグロビン値を用います(成人男性13g/dl未満、成人女性12g/dl未満)。また、血清フェリチンや総鉄結合能(TIBC)も診断に用いられます。血清フェリチンは鋭敏な指標ですが、慢性胃炎症がある場合ではフェリチンが増加してしまうことがあるため、血清フェリチンが正常範囲であっても鉄が欠乏している可能性が残されるため注意が必要です。他の指標としてトランスフェリン飽和率(TSAT)があり、(血清鉄/TIBC)×100%で計算します。TSATの正常値は20ー30%程度であり、フェリチンの値に関わらず20%以下であれば鉄欠乏の可能性が示唆されます。
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ヘモグロビン |
総鉄結合能(TIBC) |
血清フェリチン |
鉄欠乏性貧血 |
<12g/dl |
≧360μg/dl |
<12ng/ml |
潜在的鉄欠乏 |
≧12g/dl |
≧360 or <360μg/dl |
<12ng/ml |
正常 |
≧12g/dl |
<360μg/dl |
≧12ng/ml |
日本鉄バイオサイエンス学会 鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版]. P22, 響文社, 2015
治療では鉄分補給が基本で、鉄剤の服用や食事改善が行われます。
貧血は、特に鉄不足からくるものが多く、健康的な食事で改善が期待できます。毎日の食事でバランスよく栄養を摂ることが重要です。偏った食事や過度なダイエット、外食やインスタント食品ばかりの生活は、鉄分などの大切な栄養素が不足しがちです。そこで、食事の基本である「主食・主菜・副菜」を意識し、毎食しっかりと摂るよう心掛けましょう。
鉄分には吸収の良いヘム鉄と、吸収がやや劣る非ヘム鉄の2種類があります。特に魚や肉に含まれるヘム鉄は、体内での吸収が良いのでおすすめです。一方で、鉄分の吸収を妨げる可能性のある食物繊維を過度に摂取しないように注意することも大切です。また、鉄製の調理器具を使うと料理中に鉄分が食品に溶け出す可能性があるため、南部鉄器などの鉄製器具を利用するのも一つの手です。
治療が必要な場合、鉄欠乏性貧血には経口鉄剤や静脈内投与が用いられます。通常は経口鉄剤が第一選択となり、最近の研究ではビタミンCとの併用は必須ではないとされています。静脈内投与は、経口鉄剤が合わない方や特に鉄の欠乏がひどい場合に行われます。
早期の対策が重要ですので、定期的に健康診断を受け、貧血を早期に発見できるよう心掛けましょう。食事や生活習慣を見直すことで、貧血の改善と予防につなげることができます。健康的な毎日を送りましょう!
最後にいつもお話している炎症性腸疾患(IBD)と鉄欠乏性貧血についてのお話を。
①長期にわたる腸の出血がある
②腸の炎症によって鉄の吸収が妨げられる
③慢性炎症によってヘプシジンが増加し、鉄の供給が低下する
④IBDの病状悪化で食事摂取が制限され、鉄摂取量が低下する
以上の理由によってIBDでは鉄欠乏性貧血になりやすいといわれています。
※ヘプシジンとは… 肝臓で作られる鉄の代謝を調節するホルモン。 小腸などで鉄の吸収を調節して、体内の鉄バランスを維持する作用がある。 |
治療においては、炎症性腸疾患の活動性をコントロールし、出血による喪失や吸収を安定させると同時に、鉄補給が必要となります。疾患の活動性が高いときは慢性炎症に伴う貧血と真の鉄欠乏が混在している可能性があるので症状・データに注意を払って対応する必要があります。
鉄欠乏性貧血は、症状が進行すると日常生活に支障をきたす可能性があるため、早めの対応が大切です。定期的な健康診断や血液検査で早期発見を心がけ、適切な対策を講じましょう。
僕は消化器内科ですが、当クリニックに婦人科や血液内科の医師の外来もございます。
貧血についてのご相談は、お気軽に当クリニックまでお問い合わせください。
まとめ
*鉄欠乏性貧血は体内の鉄不足により酸素運搬が効率化されず、疲労感や息切れ、めまいなどの症状を引き起こします。主な原因には鉄の摂取不足、生理的な損失、妊娠や授乳、消化器系の疾患があります。
*日本の成人女性の貧血の頻度は15~30%で、鉄の摂取量は減少傾向にあります。診断にはヘモグロビン値、血清フェリチン、総鉄結合能(TIBC)などを用います。
*治療は鉄剤の服用や食事改善が基本です。定期的な健康診断や食生活の見直しで貧血の改善と予防が可能です。