小金井つるかめクリニックの消化器内科の川上智寛です。
2021年度も多くの皆様に当院で内視鏡検査を受けていただきました。
詳細な検査件数などは次回のブログで実績報告としてお伝えします。
以前から「健診受診者が多い時期の予約取得が難しい」という問題が課題として挙がっていましたので、2022年度は土曜日を2列体制とし、少しでもスムーズな予約取得ができるように検査枠の拡充をはかります。今年度もよろしくお願いいたします。
ここ最近、立て続けにアニサキスによる胃痛で検査をした方がいらっしゃったので、今回のブログでは「アニサキス症」を取り上げようと思います。過去1年間に内視鏡でアニサキスを除去した件数は7例ありました。一般にサバやサケの旬の時期に一致して11-4月に多いようで、7例中5例がこの時期に発生していました。
アニサキス属線虫は、クジラやイルカなどの哺乳動物を終宿主、オキアミ(釣りの餌にも使われる、小さなエビのような形をした生き物)を中間宿主とする寄生虫です。終宿主の糞便とともに海水中にアニサキスの虫卵が排出され、幼虫に発育したアニサキスが中間宿主のオキアミに捕食されます。アニサキスをとりこんだオキアミを捕食した魚介類や、アニサキスに感染した魚を捕食した魚介類を、生食あるいは加熱不十分な状態でヒトが食べることでアニサキス症を引き起こします。サバ・アジ・イワシ・サケ・カツオ・イカなどが原因として多いようですが、文献によると日本近海の魚介類だけでも150種以上からアニサキスが検出されているとのことなので、海産物の生食はどんなものであれ注意しないといけないということですね。
アニサキスが噛みつく部位によって「胃アニサキス症」「腸アニサキス症」「腸管外アニサキス症」に分類されます。最も頻度が高いものが胃アニサキス症です。
胃アニサキス症の多くは食べてから8時間以内、腸アニサキスは数時間~数日後に激しい腹痛が起き、嘔気や嘔吐などを伴います。これらの症状はアニサキスが直接噛みついたことによるものというよりは、アニサキスによる即時型アレルギー反応ではないかという説もあります。たしかにCTなどを撮影するとアニサキスが噛みついた周囲の胃壁全体が極端に厚くなっており、アレルギー反応のように思われます。
ヒトはアニサキスにとって終宿主でも中間宿主でもないため、体内に入っても数日~1週間以内に死んでしまいます。そうはいっても受診した方に症状を伺うと“激烈な痛み”を訴えることが多いので、何かしら対処が必要になります。
胃アニサキス症の場合、内視鏡でアニサキスを摘出することが最も有効で確実です。
腸アニサキスの場合は、発生頻度が1%未満といわれており、そもそも頻度は多くないと思います(過去に予定の大腸カメラを行ったときに偶然大腸にアニサキスがいて摘出したことはありますが…)。東京都の感染症マニュアルのアニサキス症の項目に記載ある通り、抗ヒスタミン薬や鎮痛剤などの対症療法で対応するケースが多いでしょうか。
2021年の秋くらいにニュースサイトで、「正露丸にアニサキス殺虫効果!」という記事をみた記憶があり今回調べてみたところ、高知大学の松岡教授らが発表した論文を元に記事になっていたようです。この論文の実験は、塩酸に正露丸を溶かし、その液体にアニサキスをつけて、細胞が死んだかどうか確認するという内容です。
・塩酸5mlと10mlにそれぞれ正露丸1錠を溶かした液体にアニサキスをつけると、30分以内にすべてのアニサキスが動きを止めた。
・1錠/5mlの正露丸溶液につけたアニサキスはすべて動き出すことはなく、1錠/10mlの正露丸溶液につけたアニサキスは1日後に13.3%が動き出した。1錠/10mlの正露丸溶液で処理した動かないアニサキスのほとんど(91.7%)は溶液処理後24時間の時点でほとんど死滅していた。
結論:in vitro実験から正露丸の通常用量でアニサキスが死滅する可能性が示唆された。
Matsuoka, K., Matsuoka, T., [Over-the-counter medicine (Seirogan) containing wood creosote kills Anisakis larvae] Open J. Pharmacol. Pharmacothr. 6 (1) 9-12 (2021).
10年前に正露丸投与で胃アニサキス症の症状が緩和されたという症例報告があったり、2014年に大幸薬品がアニサキス症用薬剤として特許申請していたり、少し前から話題に挙がっていたみたいです。確かにYouTubeなどでも動画を挙げている人もいました。
今回の論文はin vitro、つまり試験管などの生体外の実験に基づく知見なので実際に人の体内で検証されたものではないですから、アニサキス症が疑われたときは医療機関を受診してください。ただ、アニサキスによる症状がでる時間帯は夜中のことも多く、東京都を含めた関東圏の救急病院であっても夜間帯に緊急内視鏡を受けられる医療機関は限られています。そういった現状を考えた上で、今後「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に認可された治療薬になったら個人的にすごいと思うので紹介しました。
食酢による調理でアニサキスは完全に死滅せず、しめさばなどの酢による加工では十分な感染予防はできません。アニサキスは、「-20℃を48時間以上」で死滅、「60℃で5秒」「100℃で瞬時」に死滅、「電子レンジ調理で15秒程度の加熱」で死滅することがわかっています。また養殖魚に関しては“アニサキスが寄生していることは稀”といわれています。
感染予防のためには、冷凍・加熱処理された魚あるいは養殖魚を食べるようにする方が無難です。
どうしても天然ものを生食する場合は、時間が経過するほど内臓から筋肉に移行するので、できるだけ早く内臓や内臓回りの身を取り除く処理をすれば感染リスクは減らせるだろうと考えられます。
(鈴木 淳ら, わが国におけるアニサキス症とアニサキス属幼線虫、東京都健康安全研究センター研究年報 第62号, 2011)
文献を参考に内容を僕なりにまとめて記載してみました。
アニサキスの一般的なことやトピックス、予防などいかがでしたか?
アニサキスの種類の違いによる地域差があるようですが、日本のどの地域でもアニサキス症は起こりうるわけです。加熱したり、冷凍ものを食べたりして対処することもできますが、もともと日本に根付いている食生活・食文化でどうしても防ぎきれない点もあります。アニサキスに感染しないことが一番ですが、万が一疑わしい症状が出た際は医療機関にご相談ください。
まとめ
* アニサキスの予防のためには冷凍や加熱処理されていることが望ましい。
* 魚介類の摂取後に“激しい腹痛”が起きたときはアニサキスによる症状の可能性がある。
* 治療は「内視鏡によるアニサキス摘出」が最も有効である。