皆様こんにちは。小金井つるかめクリニック 消化器内科の川上智寛です。2021年4月に日本消化器病学会より機能性ディスペプシアのガイドライン改訂版がリリースされました。今回はこのガイドラインにも言及しながら「機能性ディスペプシア(FD)」について解説したいと思います。
今回はこのFGIDsについて概要をご説明したいと思います。
機能性消化管障害の分類に用いられるRome基準(Rome Ⅳ:2016年改訂)では、機能性ディスペプシア(FD)は、「症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないにも関わらず、慢性的につらいと感じる心窩部痛や胃もたれなどの鳩尾(みぞおち)を中心とする腹部症状を呈する疾患」と説明されています。
FDの診断にあたっては、鳩尾を中心とする腹部症状には「食後膨満感」「早期膨満感」「心窩部痛」「心窩部灼熱感」の4つの症状が挙げられており、このうち1つ以上の症状が6か月以上前に出現し、しかも直近の3か月間はその症状が続いているものと定義されています。
さらに詳細にみていきます。
4つの症状を2つのグループにわけて分類し、普段の食事摂取に伴って起きる「食後膨満感」「早期膨満感」を有するものを食後愁訴症候群(PDS: Postprandial distress syndrome)と呼び、食事摂取の有無に関わらず、「心窩部痛」「心窩部灼熱感」を有するものを心窩部痛症候群(EPS: Epigastric pain syndrome)と呼んでいます。PDSでは週に3日以上症状がある場合、EPSでは週に1日以上症状がある場合をFDと定めています。
きちんと診断するためには非常に複雑な基準があるのです。
Rome基準で用いられる診断のための定義は、前回のブログでもお話したように「臨床研究のための厳格な判定基準」に基づいて作成されています。そのためこのような複雑な診断基準になっているのですね。
もちろん最新版の学会のガイドラインにも記載されていますが、日本においては医療機関へのアクセスがよいため、症状が出現してから受診までが短いことが多く、Rome基準の「慢性」を定義する病悩期間が日本におけるFDの診療には適していないのではないかという報告もあります。
実際の現場では、症状が出現してからの期間が定義に合うかどうかに重点を置くよりは、痛みの原因となる他の病気があるかどうかの検査を行った上で、鳩尾を中心とする症状の特徴を踏まえてFDに合致するかどうかを考える方が現実的だと考えます。
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染は、以前の当院のブログで、胃癌の原因として重要であることをご説明しました。それは、ピロリ菌感染により慢性胃炎が惹起される結果、胃癌が発生しやすい環境を作ってしまうことに起因します。
ピロリ菌が感染していると、胃癌ができていなくとも、慢性胃炎が持続すると胃もたれや胃の痛みなどの様々な症状が出る場合があります。このように、ディスペプシア症状があってピロリ菌陽性の場合、除菌治療により6か月以上症状が改善するものを「ヘリコバクター・ピロリ関連ディスペプシア(HpD)」と定義されました。
このHpDはRome Ⅳで新たに定義されたもので、ディスペプシア症状があるピロリ感染者は「まず除菌治療を!」という流れが鮮明になりました。一方で、除菌治療だけで症状が消失しない場合もありますので、除菌後の経過をみながら並行して通常通りのFDとしての治療を行う場合もあります。
日本人のFDの有病率はどの程度でしょうか。調査の程度によって報告の内容はまちまちですが、文献として報告されている内容は以下です。
一般住民を対象としたインターネット調査:7% (1) 健診受診者を対象とした調査:11-17%(2)-(4) 上腹部症状を訴えて病院を受診した方を対象とした調査:45-53%(5)-(6) |
健診受診者で11-17%の有病率といわれていることから、少なく見積もっても10人に1人は機能性ディスペプシアの可能性があり、それなりの方がこの症状に悩んでいると考えられます。
食事時間が不規則だったり、野菜摂取不足など食生活の乱れや睡眠不足、運動不足などが関与しているといわれています。また喫煙とFDの関連性が示唆されており、禁煙の有効性も期待できます。
先日リリースされたガイドラインでは、論文などで報告されているわけではないのでエビデンスは十分でないと前置きしつつ、「睡眠時間を十分確保する」「腹八分」「ゆっくり食べる」「脂質は胃の動きをゆっくりにしてしまうため高脂肪食を避ける」「禁煙」「胃酸分泌を刺激するアルコールやコーヒー、香辛料などは避ける」などが推奨事項として記載されています。
これらの内容は実際の診療の場でも指導としてよく行われるものでもあります。
生活習慣の改善や食事療法を継続することは大切です。しかしながら、こういった方法で効果が得られる前に、辛く困っている症状に関しては、即効性のある方法で軽減させることが重要です。そのための手段として、症状にあわせてクスリを処方します。
多くの場合、「胃酸分泌抑制薬」「消化管運動機能改善薬」「漢方薬」などが最初に処方されます。ガイドラインでは下記のように治療法の説明があります。
胃酸分泌抑制薬
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消化管運動機能改善薬
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漢方薬
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六君子湯についてはランダム化比較試験が実施されて、プラセボと比較して有意に治療改善効果があると報告されているため、他の漢方薬よりも推奨が上位になっています。
そのほか、抗不安薬や抗うつ薬などが使用されるケースがあります。
これらの薬剤を症状にあわせて併用したり、クスリを増やしたり減らしたり、改善したら中止してみたりとその方の状況に応じて対応します。クスリを中止してある程度期間が経過したところで再度症状が出現することもあれば、クスリを継続していても症状が強くでるときもありますし、生活状況や心理的背景などの影響も多い病気です。いろいろな要素が症状の強弱に関わるため、そのときの状態を担当医と共有し、安心感をもって治療に取り組めるとよいと考えます。
実は、上記ガイドラインに挙げられた治療薬のうち、正式にFDの診断病名で使用できる薬剤はアコチアミド(アコファイド®️)だけです。非常に不可解な保険診療上の縛りですが、胃酸分泌抑制薬や漢方薬を用いる場合には、慢性胃炎などの別の病名でないと治療ができないのです。
裏を返すと、FDの症状改善を目指して薬剤開発や治験が行われても、有効性が示された治療薬がほとんどないということになり、FDの治療の難しさが表れているとも言えます。その中で、アコチアミドは、治験を経てFDの治療薬として正式に承認された唯一の薬剤です。
ちなみに、アコチアミドは胃カメラ検査を受けた上で胃潰瘍などがないことを証明しないと処方することができません。これは、FDの診断のためには、適切な検査を行った上で別の疾患を除外する必要があるためです。
左のグラフは年齢別にみた処方人数を青いバーで表したもので、右のグラフは男女比を表したものです。4か月で49例の方が処方を受けており、30-50歳台が多く、女性の処方が多い結果でした。
併用されている薬剤の内訳は上に示す通りです。93%の症例で酸分泌抑制薬が併用されており、その中ではプロトンポンプ阻害薬(PPI)が64%でした。
FDと過敏性腸症候群(IBS)、非びらん性胃食道逆流症(NERD)、機能性便秘や不安障害などが併存しやすい病気としてあげられますが、当院の経験では約半数が併存疾患を認めないという結果でした。
FD自体は命に関わる病ではありませんが、生活の質を落とす疾患であり、少しでも症状が軽減し快適に過ごすことができるよう、担当医師と治療法について話し合っていく必要があると考えます。
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