皆さまこんにちは、小金井つるかめクリニック院長の石橋です。
前回のブログで「大腸内視鏡挿入法と大腸ポリープ発見率」についてご説明しました。今回は、検査の前段階である「前処置法」について、精度管理という視点で解説したいと思います。
なお、本ブログのコンセプトは「最新の医療ネタを分かりやすく解説する」ためのものですが、専門用語が数多く含まれます。医療関係者の方でなくとも理解できるように努めてはいますが、用語が多少難解であったり、そもそも扱うテーマが非常にマニアックです。この点をご容赦いただけますと幸いです。
そもそも大腸は、食物を消化吸収した後の残渣の水分量を整えて、最終的に便にするための臓器です。したがって、普通に生活していれば大腸の中には常に一定量の便が貯留していることになります。
大腸内視鏡検査は、大腸の中が完全にきれいになり、便が残っていない状態でないと実施できません。そのため、内視鏡検査前には、大腸をきれいに洗浄するための処置が必要であり、これを「前処置」と呼びます。
前処置の方法は、検査前日までに行う準備と検査当日に行う処置の2ステップに分けられます。
検査当日までに行う準備としては、第一に食事制限が重要です。胃から小腸にかけてほぼ完全に吸収されるような、消化吸収に労力を要さないような低残渣食が理想的です。具体的には、根菜や葉物野菜、海藻などは残渣が残りやすいため避けていただきます。
食事制限の日数は、多くの施設で1日〜3日程度に指定されていると思います。では何日制限すればよいかと言うと、もともとの便秘の状態にもよりますが、便秘がない方に限って考えれば、つい先日発表された論文が参考になります。
この論文では、855人の患者さんを対象に、食事制限を1日のみとする群と3日にする群にランダムに分け、検査当日の腸管洗浄度の具合を比較検討しています。その結果、両群で腸管洗浄度に差がないことが証明されました(正確に言うと、食事制限を1日のみとしても、3日にした場合の結果からの非劣勢が証明されました)(参照1)。
また、検査前日までに、事前に前処置薬の内服を指示されることがあります。具体的には、腸の動きを活性化するための刺激性下剤(アローゼン®️やラキソベロン®️)などですが、後ほど詳述します。
さて、検査当日は朝から絶食の必要があります。その上で、腸管洗浄のために洗浄液を内服して頂くのですが、基本はポリエチレングリコール(PEG製剤)という製剤です。日本で頻繁に用いられているのはこの基本型のPEG製剤(ニフレック®️)ですが、近年は、アスコルビン酸(=ビタミンC)を添加してより高張にしたPEG-Asc製剤(モビプレップ®️)や、刺激性下剤の一種であるピコスルファートを含有させたPEG製剤(ピコプレップ®️)なども上市されています。
また、PEG製剤ではなく、クエン酸マグネシウム液製剤(マグコロール®️)、ナトリウム・カリウム配合剤液(ムーベン®️)、リン酸ナトリウム塩のタブレット製剤であるビジクリア®️なども使用可能です。
以下に特徴をまとめますが、共通して言えることは、等張液あるいは高張液の製剤であり、浸透圧効果により内服した溶液が体に吸収されることなくそのまま腸管を洗浄する効果を発揮するのが作用機序という点です。ちなみに味については私のバイアスが入っています。
ピコプレップやビジクリアなどの例外はありますが、一般的には2000mL程度とかなりの量を飲む必要があるため、飽きないように味の違いで選ぶというのも手ですね。
例えば、、
もっともスタンダードなニフレックかマグコロールを試してみて、合わない場合にはモビプレップにしてみる。それでもダメなら内服用量を減らすためにピコプレップにしてみる。どうしても味のついた溶液がダメならビジクリアにする(錠剤なので、飲むのは味のない水だけ)。という感じでいろいろ選べる良い時代になりました。
ところで、日本で行われているような上記の方法、「検査前日に刺激性下剤を内服し、検査当日は約2Lの腸管洗浄液内服」というのは、実は世界のスタンダードではありません。
欧米では、split dose bowel preparation(分割用量による腸管洗浄法)というのが主流です。
何を分割するかというと、日本で検査当日に内服しているような腸管洗浄液のことで、これを検査前日に2L、検査当日に2L、あわせて4L内服するというがスタンダードです。
想像していただくとわかると思いますが、前日2L、当日2Lというのは結構きついです。前処置だけで疲弊してしまうことも多く、特に日本や韓国などでは、前日の2Lの腸管洗浄液を別の方法に置き換えられないか試行錯誤が進められた結果、現在の「前日刺激性下剤、当日2Lの腸管洗浄液」に落ち着いたと言えます。
一方で、この方法も未だ発展途上であり、どの刺激性下剤を選ぶか、その量をどうするか、下剤の内服日数は前日のみで良いか、など議論は山積しています。
特にもともと便秘のある方の場合は、刺激性下剤を前日1回内服するのみでは腸がきれいにならず、数日間内服して頂く必要がありますが、何日間どれくらいの量を飲んでいただくか設定に困ることもしばしばあります。
大腸内視鏡検査のための前処置を受けたことがある方や、便秘症で刺激性下剤による治療を受けたことがある方の中には、刺激性下剤の内服でお腹が痛くなってしまった方がおられるかもしれません。
刺激性下剤は強力に腸管の蠕動を促進するため、人によっては蠕動痛という痛みを引き起こすことがあります。
蠕動痛などの副作用の可能性少ない別の方法を組み合わせることで、できるだけ安全に内視鏡検査の前処置を行うことができないか、当院では臨床研究を行っており、現在この結果を論文投稿中です。論文が出版されましたらご報告いたします。
腸管がいかにきれいか(=腸管洗浄度)の定量的な指標が開発されています。開発された指標の代表として、Arochick scale(参照2)やOttawa scale(参照3)、Boston bowel preparation scale(BBPS)(参照4)がありますが、このうちBBPSはもっとも詳細な記述を要するスコアリングシステムであり、当院でも全ての内視鏡検査でBBPSの記載を行うようにしています。
これらの指標を用いて前処置がきちんとできているか評価することは非常に重要ですが、それは、腸管洗浄度が良いほどADRが向上することが報告されているためです(参照5)。
これまでのブログでご説明している通り、腺腫性ポリープ同定率(Adenoma Detection Rate: ADR)は施設や検査医師における検査の質を推し量るための指標(Quality indicator)ですが、腸管洗浄度も、ADRと同じ様に大腸内視鏡検査のQuality indicatorであることが証明されているのです。
さて、大腸内視鏡の精度管理については本ブログをもっていったんシリーズを終了したいと思います。次回は、当院のこの1年間の内視鏡に関する検査成績と、研究業績について総括したいと思います。
参照1:Machlab et al. Comparable quality of bowel preparation with single-day versus three-day low-residue diet: Randomized controlled trial. Dig Endosc. 2020 Oct 5.
参照2:Rostom et al. Validation of a new scale for the assessment of bowel preparation quality. Gastrointest Endosc. 2004;59(4):482-6.
参照3:Aronchick CA et al. Validation of an instrument to assess colon cleansing. Am J Gastroenterol. 1999;94:2667.
参照4:Lai EJ et al. The Boston bowel preparation scale: a valid and reliable instrument for colonoscopy-oriented research. Gastrointest Endosc. 2009; 69(3):620-5
参照5:Calderwood AH et al. Good is better than excellent: bowel preparation quality and adenoma detection rates. Gastrointest Endosc. 2015;81(3):691-699.