小金井つるかめクリニック 消化器内科の川上智寛です。
以前のブログ「2020.09 潰瘍性大腸炎の治療薬 JAK阻害薬について」でトファシチニブについては記載していましたが、2022年にフィルゴチニブとウパダシチニブが潰瘍性大腸炎に対して適応追加承認され新たに使用可能となりました。
そんなわけで今回のブログはこの2つのクスリの特徴についてご説明いたします。
JAK阻害薬の作用機序を理解いただくために少しだけJAK-STAT経路についてお話します。
潰瘍性大腸炎(UC)に関連する炎症性サイトカインをはじめとした各種サイトカインや成長因子はJAK-STAT経路を介して信号を伝え、血液の成分を作ったり、免疫の反応を起こしたり、ウイルスやがんに対抗する反応を起こすことに影響をあたえます。
4種類のJAKファミリー(JAK1, JAK2, JAK3, TYK2)が特定の組み合わせを作っていて、細胞の膜の受容体にサイトカインがくっつくとJAKが活性化し、STAT(シグナル伝達兼転写活性化因子)といわれるタンパク質を活性化します。そうするとSTATは核の中に移動して遺伝子発現などの調節を行います。
JAK阻害薬はJAKの働きを邪魔するのでSTATが活性化されなくなり、炎症がシャットダウンされ、さらなる炎症が起きる反応を抑えることができます。UCの病態にかかわる主要なサイトカインは、JAK1を含むタンパク複合体を介して信号の伝達を行うとされています。またJAK2は造血(血液の成分を作る)において重要な役割を行っており、JAK3はウイルスに対抗する免疫応答に影響をあたえるといわれています。
だからJAKを抑えてしまうとがんに対する効果やリンパ球の働きも抑制してしまうことで感染症やがんの発生につながるという懸念がでてきます。
そうはいっても各々のJAK阻害薬の臨床試験やメタ解析をみても悪性腫瘍などの発症率が他の治療薬と比べて高くないと報告されているので、注意は必要ですが使用に際して過度に心配する必要はありません。
※サイトカイン(cytokine)
細胞を意味するサイトとギリシャ語で「動く」を意味するkineinに由来するカインをあわせた造語。細胞と細胞に情報を伝えるタンパク質の総称。
商品名 ジセレカ® (一般名:フィルゴチニブ)
商品名 リンヴォック® (一般名:ウパダシチニブ)
2種類の新規JAK阻害薬が潰瘍性大腸炎に適応追加になりました。
フィルゴチニブが2022年3月、ウパダシチニブが2022年9月です。
潰瘍性大腸炎以外にフィルゴチニブは関節リウマチに、ウパダシチニブは関節リウマチ・関節症性乾癬・強直性脊椎炎・アトピー性皮膚炎の適応があり、2剤とも2020年に発売されています(ウパダシチニブ:2020年1月、フィルゴチニブ:2020年9月)。市販後調査の成績の中間報告も上がっていますので安全性等のデータ蓄積がある点も安心できます。
どちらの薬剤も「中等症~重症の潰瘍性大腸炎の寛解導入および維持療法(既存治療で効果不十分な場合に限る)」に用います。また2剤とも経口剤で1日1回の内服投与です。
以前のブログで紹介したトファシチニブ(ゼルヤンツ®)が1日2回の内服だったので1日1回になるのは続けやすくていいですね。
ここまでは新規に適応となった2剤とも大きな違いはありません。
それぞれの違いについてお話していきます。
最初に登場したトファシチニブはPan-JAKと呼ばれていて、JAK1-3を阻害する薬剤でした。今回登場した新規2剤はともにJAKファミリーのうち相対的にJAK1をメインで阻害するという特徴があります。しかし、どちらの薬剤もJAK1をメインで阻害するものですが、他のJAK2, JAK3, TYK2にも作用します。フィルゴチニブとウパダシチニブでJAK1とそれ以外のJAKへの作用がどの程度違うのかについて、薬剤間のJAK選択性の違いを検討した関節リウマチ領域の論文を紹介して説明します。
引用 Traves PG, et al. Ann Rheum Dis 2021;80:865–875.
この文献は関節リウマチで使用されるJAKについて各JAKペアへの選択性をin vitro(生体内の反応ではなく、実験条件下)で検討したものになります。IC50を用いて数値を出しています。IC50は50%阻害濃度(もしくは半数阻害濃度)といわれ、その薬が作用する部分の50%を阻害するための濃度を表します。ちょっとの濃度で効けば”強い“、濃くないと効かなければ”弱い”ということになります。
どの薬もJAK1/TYK2を最も阻害しており、その値を1.0として他のペアの値を数値化しています。赤い丸で印をつけたものが現在、潰瘍性大腸炎で使用可能な3剤です。
3剤ともJAK1を含む経路に対してJAK1/TYK2の濃度の約5倍前後で阻害作用を示しています。
一方でJAK2を介する経路に対しては各々で違いが出ています。特にフィルゴチニブについてはJAK2に対する作用は弱くJAK1に最も高い選択性を持っているようです。
ウパダシチニブはJAK1/JAK3はトファシチニブと違いがありますがおおよそ似た傾向があるように思います。JAK選択性という意味ではフィルゴチニブはJAK1を、ウパダシチニブはJAK1と(他のJAKよりは弱いですが)JAK2も多少阻害する印象です。
ウパダシチニブはCYP3A4により代謝されます。
CYP3A4は主に肝臓に分布する代謝酵素で、たくさんの薬物の代謝に関与しています。
薬を薬局でもらう時、グレープフルーツを避けるようにと記載されているのをみたことがあるでしょうか?グレープフルーツに含まれる成分がCYP3A4を阻害してしまい薬の効果に影響してしまうため注意喚起が書いてあるのです。ウパダシチニブの添付文書には併用注意の項目に「CYP3Aを強く阻害する薬剤(もちろんグレープフルーツも記載があります)」「CYP3Aを強く誘導する薬剤」が書いてあります。ウパダシチニブは併用に注意しないといけない薬がたくさんあるので、(市販薬を含めて)短期的に薬を使用する場合も(持病などで)長期に使用する場合も“飲み合わせ”に注意が必要です。
一方、フィルゴチニブは主にカルボキシルエステラーゼ(CES)2 及び CES1 により代謝されるとのことで添付文書の併用注意の項目は設定されていません。“併用注意がない”というのはありがたいですね。
特に注意が必要なものとして注意喚起されているものには以下があります。
・感染症(帯状疱疹、結核、肺炎)
・消化管穿孔
・好中球減少、リンパ球減少、ヘモグロビン減少
・肝機能障害
・間質性肺炎
・静脈血栓塞栓症
これらはフィルゴチニブ、ウパダシチニブどちらも同じ項目が記載されています。
トファシチニブでも同様の記載です。 各々の薬剤の添付文書で記載のある頻度を示します。
単純に表をみて感じる印象はフィルゴチニブの方が全体的に頻度低めということ。
JAK阻害薬と帯状疱疹の発症率については“アジア人(特に東アジア)”で高い傾向があるといわれています。フィルゴチニブで帯状疱疹の発症が少ないことはメリットですね。
はっきりとはいえませんが、この差は先程触れた“JAKの選択性”の違いが影響しているのかもしれません。フィルゴチニブは「効果と安全性のバランスがよい薬剤」といえます。
フィルゴチニブのDrug informationをみていたとき気になっていた部分があります。
動物試験で通常ヒトに使用される量より高い曝露量で精子形成障害がみられたことから注意事項に精子形成障害による妊孕性低下と記載されています。潰瘍性大腸炎は若い年代で発症し、治療介入を要する疾患ですので若い年代へ投与するときは注意が必要だなと思っています。今後データが集まるまではっきりしたことはいえませんが、ギリアド社が2022年10月11日に出したプレス・リリース(https://onl.la/Ah3UaGv)で出されていますが、欧州医薬品委員会(CHMP)の見解を受けて男性妊孕性の注意記載が削除されるかもしれないという話もあるようです。
ウパダシチニブの試験について一つ紹介します。
SELECT-COMPARE試験
関節リウマチ治療薬のメトトレキサート(MTX)で効果不十分な関節リウマチ患者に対して偽薬(プラセボ)、ウパダシチニブ、抗TNFα抗体であるアよりダリムマブを投与し、効果や副作用を調べた試験です。この試験のポイントはJAK阻害薬 vs 抗TNFα抗体製剤の直接比較している点です。関節リウマチに対しての試験ではありますが、ウパダシチニブの方がアダリムマブよりも成績が良かったという結果になっていることに驚きました。また感染症や悪性腫瘍、心血管イベント、静脈血栓塞栓症といった有害事象に対しても、ウパダシチニブとアダリムマブでほぼ同等の頻度ということです。
潰瘍性大腸炎に対して行われた試験ではないので、今後臨床データの蓄積による解析が待たれますが、今の時点で各試験の結果をざっとみてみると、ウパダシチニブの特徴は「しっかりした効果を発揮する」ということでしょうか。
どちらの薬剤も同じJAK1選択性のあるJAK阻害薬ですが、それぞれ特徴や注意点が異なります。
潰瘍性大腸炎に対して使用できる経口薬の選択肢が増えたことで、より一層治療薬を選択する際に薬の特徴や病気の活動性、治療歴、年齢、ライフスタイルなどを総合的に考える必要が出てきたと実感しています。
今回は新規承認になったJAK阻害薬について掻い摘んで説明しました。新規データなどが出た時に各々の薬について深掘りして説明できればなと思います。