皆様こんにちは。小金井つるかめクリニック 消化器内科の川上智寛です。2020年に日本消化器病学会より過敏性腸症候群(IBS)のガイドライン改訂版が公表されました。前回の「機能性ディスペプシア」と同様にガイドラインに則って、機能性消化管障害の一つである「過敏性腸症候群」について解説します。
機能性消化管障害の頻用されているRome基準(RomeⅣ:2016年改訂)では、「直近3か月のなかで“腹痛が” 1週間につき少なくとも1日以上あり、以下の(1)~(3)のうち2項目以上の特徴を有するもの」と定義されています。
(1)排便と症状が関連する
(2)排便頻度の変化を伴う
(3)便形状の変化を伴う
※少なくとも診断の6か月以上前に症状が出現し、直近3か月間は基準を満たすこと。
IBSの診断は他の疾患がないことを証明した上になりたつ除外診断であり、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)、感染性腸炎、乳糖不耐症、セリアック病、甲状腺機能異常、大腸がんなどの可能性を各種検査で否定しておく必要があります。
つまり、大腸内視鏡検査や血液検査など必要な検査を行い様々な疾患を除外したうえで、上記Rove基準に合致していることを確認できればIBSの診断となります。
IBSは排便の状態によって、さらに細かく分類されます。下図のように便の形状の頻度に応じて細かい病型を決めています。
*「機能性消化管疾患診療ガイドライン2020」より
1.便秘型IBS(IBS-C):硬便or兎糞状便が25%以上あり、軟便or水様便が25%未満のもの(図内C)
2.下痢型IBS(IBS-D):軟便or水様便が25%以上あり、硬便or兎糞状便が25%未満のもの(図内D)
3.混合型IBS(IBS-M):硬便or兎糞状便が25%以上あり、軟便or水様便も25%以上のもの(図内M)
4.分類不能型IBS(IBS-U):便性状異常の基準がIBS-C,D,Mのいずれも満たさないもの(図内U)
なんだかよくわからないと感じますが、ザックリした言い回しにすると…。
便秘型:繰り返す便秘と便秘による膨満感や不快感が主たる症状。
下痢型:突然おこる腹痛と下痢が主たる症状。
混合型:便秘と下痢の繰り返し。下痢をしたと思ったら、便秘が起こるなど。
分類不能型:各分類の基準を満たすほどの便異常がない。
IBSの原因はいまだにはっきりしていませんが、いくつかの要因が病態に関与すると推測されています。
IBSの概念が提唱されてから一貫して関与が示唆されているものが「ストレス」です。
IBS患者にストレス負荷をすると大腸運動の高まりがみられ、消化管刺激によって脳の反応に変化を及ぼすことが示されています。脳と腸は自律神経で連絡されていて、ストレスの影響で腸の動きに変化を及ぼすことでIBSの症状が起こるとされています。
※脳と腸はお互いに自律神経系/内分泌系/免疫系を介して情報伝達しており、脳⇄腸が双方向にやりとりをして、影響しあっていることが最近の研究で報告されています。脳と腸の密接な関係を「脳腸相関」 といいます。
IBSの腸内の常在菌は健常と異なり、便秘型/下痢型/混合型で構成が異なることがわかっています。実際、IBSの腸内細菌叢をプロバイオティクス(乳酸菌製剤など)で改善させることが可能か、研究も行われています。
ストレスの項目でも述べたとおりで腸と脳の双方向性のやりとりに腸内細菌叢の関与があるといわれています。腸内細菌叢のバランスの悪さが引き金となり、腸管粘膜のバリア機能を変化させ、粘膜における微小炎症をきたし、おなかの症状を悪化させるとともに、その刺激が脳へ伝わり、苦痛や不安感が増すことがわかってきています。
Rome委員会の報告(2019年)で、感染性腸炎のあとにIBSを発症する頻度は感染性腸炎全体の10%程度と報告されました。そういった事実からも腸内細菌が大きく関わっている可能性があります。
IBSの症状を軽減する食事指導として、一般的に「規則的な食事」と「十分な水分摂取」が挙げられます。また、脂質やカフェイン、香辛料、乳製品の一部などはIBSの症状を悪化させる可能性があり、避けるよう指導することがあります。欧米では低FODMAP食の有効性が示されています。
<低FODMAP食>
Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides and Polyolsの頭文字をとったもので、「発酵しやすい糖類(オリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオール類)」を減らす食事内容のことです。
FODMAPは小腸で分解・吸収がされにくく、大腸にたどり着くため腸内細菌によって発酵・分解されてガスを発生させたり、浸透圧が高いため腸管内に水分を引き込むため下痢を起こすといわれています。
最近は健康や美容のために腸内環境を整えることが大切だという認識が高まり、腸活が流行し発酵食品がブームになっていて、その菌を育てるプレバイオティクスとしてオリゴ糖や食物繊維の摂取がすすめられています。エサとなる糖質を多く摂取すると、元気になった菌が覇権をとって増えすぎて、ちょっと弱いものが淘汰され、腸内の菌のバランスが崩れてしまうのだと思います。低FODMAP食に取り組むと腸内細菌の多様性がもたらされ、バランスが改善するという報告もあります。おなかが張っていたり、下痢症状が強い場合は低FODMAP食を実践してみることも一つだと考えます。
適度な運動習慣は自律神経のバランスを整える効果があります。
ただし、普段から運動習慣がない方が激しい運動をするとそれ自体がストレスとなり、逆に自律神経を乱すことにつながりかねません。ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動やストレッチなどを継続して続けていくことをおすすめします。適度な運動にはストレス解消効果も期待できますし、おなかのこと以外の生活習慣病にも効果的です。
IBSの症状に応じて、下記のような薬剤を使い分けていきます。
・高分子重合体:ポリカルボフィルカルシウム(コロネル®︎、ポリフル®️)
・消化管運動機能調節薬:マレイン酸トリメブチン(セレキノン®︎)
・セロトニン受容体拮抗薬:ラモセトロン塩酸塩(イリボー®️)
・抗コリン薬:トランコロン®︎
・便秘治療薬:酸化マグネシウム、ポリエチレングリコール(モビコール®︎)、ルビプロストン(アミティーザ®︎)、リナクロチド(リンゼス®︎)など
・プロバイオティクス
・漢方薬:桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯、大建中湯、半夏瀉心湯、加味逍遥散など
これらの他に、便秘や下痢に対して、頓服として下痢止めや刺激性下剤を使用するケースもあります。
IBSの原因の一つとして昔から食物アレルギーの関与がいわれており、抗アレルギー薬の使用で症状改善を認めたという報告もあります。ただし、日本においてはIBSに対して保険適応を要する抗アレルギー薬は現状ありません。
また不安が強い場合や精神的なストレスが大きい場合に抗不安薬や抗うつ薬の使用を考慮することもあります。
2021年4月から、当院の健診で「腸内細菌叢(腸内フローラ)の解析」ができるようになりました。便検査のみで、ご自身の腸内細菌を構成する菌のバランスや種類数を解析し、腸内環境の良し悪しを判定できます。その結果から腸内環境改善のためのアドバイス(心掛けて摂取する方がよい食材など)が得られます。
世の中、メディアや広告などで「腸にイイ」らしい食品やサプリメントが取り上げられていますが、闇雲に試してみるよりは自身の腸内フローラ構成を知った上で、自分に合った食事内容を考えるヒントになると思います。
ご興味のある方は是非、当院の健診窓口にお問い合わせください。