皆さまこんにちは、小金井つるかめクリニック院長の石橋です。
前回のブログに引き続き、大腸内視鏡検査にまつわる最新の話題をご説明します。今回は、大腸内視鏡検査における「クリーン・コロン(clean colon)」という概念について、昨年(2020年)に改定された大腸ポリープ診療ガイドラインでの取り扱いについて触れながら解説したいと思います。
大腸ポリープと言っても様々な種類があり、そもそも腫瘍か非腫瘍か、腫瘍の中でもがん化リスクが高いものかどうか、など分類も様々です。分類や大腸ポリープのがん化のしやすさについては以前のブログもご参照ください。
大腸ポリープのうち、腺腫(adenoma)あるいは腺腫性ポリープというタイプの良性腫瘍はがん化のリスクがあり、段階的に悪性化しがんになるといわれています。また、そのリスクは概ね大きさに比例します。
がんあるいは高異型度腺腫(いわゆる前がん病変)である可能性は、ポリープの大きさが5mm未満の場合にはリスクは0.5〜3.5%程度、ポリープの大きさが10mm以上になるとリスクは10〜30%程度と国内外から報告されていますが、報告によりまちまちです。もっとも信頼ができるデータは、National Polyp Studyという米国の大腸ポリープ切除に関する研究に由来するもので、径1~5mm では2%,6~10mm では5%,11~15mm では10%,16~20mm では12%,21~25mm では20%,26~30mm では18%の高異型度腺腫率であったとされています(参考1)。
参考1:O’Brien MJ, Winawer SJ, Zauber AG, et al. The National Polyp Study. Patient and polyp characteristics associated with high-grade dysplasia in colorectal adenomas. Gastroenterology 1990; 98: 371-379
このように腺腫性ポリープの場合には、どんなに小さなポリープであってもがん化リスクがあるため切除が検討されますが、微小ポリープの切除が本当に大腸癌発生の予防に寄与するか、明確なエビデンスはありません。切除することによるメリットと切除に伴う合併症やコスト(医療費)とを天秤にかける必要があるのも事実です。こういった事情から、2020年に改定された大腸ポリープガイドラインでは、「発見した大腸腺腫は大きさにかかわらず、将来の癌への進展予防を目的として内視鏡切除を弱く推奨する」とされました。
腺腫ではないタイプの非腫瘍性ポリープとして過形成性ポリープというタイプのポリープがあります。過形成性ポリープは本来であれば切除する必要はありませんが、過形成性ポリープに類似した見た目をしているsessile serrated lesion(SSL)というタイプのポリープは、がん化リスクがあることが報告されており切除の対象になります。過形成性ポリープとSSLをまとめて「鋸歯状病変」と呼称することもあります。鋸歯状病変であることは内視鏡の見た目でわかっても、実際にSSLであるかどうかは、切除したポリープを病理診断しないと分からないことも多々あります。
上の写真は2枚とも、インジゴカルミンという青い色素をまいて、平坦なポリープを見やすくした状態ですが、内視鏡専門医でもどちらがSSLでどちらが過形成性ポリープかすぐに診断するのは困難だと思います。ちなみに正解は、左の写真がSSL、右の写真が過形成性ポリープです。
内視鏡の見た目で過形成性ポリープかSSLか判断がつきづらい場合は、過大評価をある程度許容しながら切除することがあります。切除したあとの病理診断で最終診断を行うことになります。一方で、実は過形成性ポリープは非常にありふれたタイプのポリープで、ほぼ全ての方の直腸からS状結腸に存在します。直腸からS状結腸にできる鋸歯状病変は、SSLよりも過形成性ポリープである確率が高く、内視鏡検査でこの部位に指摘された鋸歯状病変は原則切除は不要と考えられています。毎年直腸〜S状結腸のポリープを切除しているという方は、ご自分が受けている治療が本当に必要なものか担当の先生と相談してみると良いかもしれません。
さて、ガイドライン上も“弱く”推奨されることになった、「発見した全ての腺腫性ポリープを切除する」という考え方ですが、欧米ではこの考え方はむしろ一般的で、発見された全ての腺腫性ポリープが切除された後の大腸をクリーン・コロン(clean colon)と呼びます。
上述したNational Polyp Studyにおいて、発見した全ての腺腫性ポリープを切除(=クリーン・コロンを達成)した場合には大腸癌による死亡率抑制効果が明らかになっており、クリーン・コロン達成を目指すべきという米国消化器病学会の勧告につながっています。
一方で、5mm以下の微小ポリープを全て切除するというスタンスに立つと、切除そのものにかかるコストのほか、病理診断にかかるコストもかさみ、医療費の圧迫につながる可能性が指摘されています。
そこで新たに提言されたのが、“Resect and Discard strategy”という戦略です。
Resect and Discard strategyとは、切除した大腸ポリープを回収せずに、病理診断を省略する戦略ですが、全ての大腸ポリープに対して行うわけではありません。上述した過形成性ポリープのような非腫瘍性ポリープは本来切除する必要はありませんから、内視鏡でこういった切除の不要なポリープをきちんと見極めた上で、本当に治療が必要なポリープで、かつ”がん”を疑わない場合にのみ、切除したポリープの病理診断を行わないという戦略になります。がんを疑うポリープの場合にはもちろん病理診断を行うことになります。
Resect and Discard strategyを実践すると、病理診断にかかわるコストの削減のみならず、病理検査結果を聞きにくるための患者さんの手間や診察料なども削減が可能です。Resect and Discard strategyを提言した論文によると、全米で実践した場合、年間9500万ドルの医療費の削減が可能であるとされています(参考2)。
参考2:Ignjatovic A, East JE, Suzuki N et al. Optical diagnosis of small colorectal polyps at routine colonoscopy (Detect InSpect ChAracterise Resect and Discard;DISCARD trial): a prospective cohort study. Lancet Oncol 2009;10:1171 - 8.
2011年に米国消化器内視鏡学会は、”Preservation and incorporation of valuable endoscopic innovations(PIVI)initiative”という声明を発表し、この声明の中で、がんの可能性の低い5mm以下の大腸ポリープに関してはResect and Discard strategyの実践が可能であるとしています(参考3)。
参考3:Rex DK, Kahi C, O’Brien M et al. The American Society for Gastrointestinal Endoscopy PIVI on realtime endoscopic assessment of the histology of diminutive colorectal polyps. Gastrointest Endosc 2011;73:419 - 22.
一方で、前提としている「5mm以下の微小ポリープには大腸がんが非常に少なく、無視できる程度である」というのは本当かというと、欧米と日本では考え方がやや異なります。実際、多くの内視鏡医師が5mm以下の微小ポリープでも病理診断の結果“がん”であったという経験をしており、自分で行なった内視鏡診断と実際に返ってきた病理診断結果のすりあわせを行い、自身の経験を積んでいるのです。切除前に正確にそのポリープが“がん”である可能性を見抜けるかが重要であり、そういった技術のない医師がむやみにResect and Discard strategyを実践すると非常に危険であると言えます。
十分に訓練された医師に関しては、医療費削減という大義のもと、Resect and Discard strategyをクリーン・コロン達成のために実践することが許容されるかもしれませんが、現在のところ日本においてはガイドライン上もこの点について言及はありません。
さて、クリーン・コロン達成ののちのフォローアップ方法はどうすれば良いでしょうか。米国のNational Polyp Studyの結果からは、3年後の大腸内視鏡検査によるフォローアップが推奨されています。一方で、日本の大腸ポリープガイドラインでは、クリーン・コロン達成を前提としない場合(つまり、5mm以下の微小ポリープはあえて切除せずに経過観察する場合)も念頭において、一律3年後の内視鏡検査では危険な可能性も指摘されています。本邦においては、「腺腫性ポリープ切除後は1〜3年以内にフォローアップの大腸内視鏡検査を行う」と考えておけば大きな問題はないでしょう。
では、そもそも初回の大腸内視鏡検査でポリープがない場合のフォローアップはどうすればよいでしょうか。
初回のスクリーニングの内視鏡検査でポリープの指摘がなく、その後10年以内にフォローアップとして内視鏡検査を実施した場合の9mm を超えるポリープの発見率は、1~5年後で3.1%,5~10年後で3.7%であったとされています(参考4)。なお初回の検査が不完全な検査であった場合(大腸が前処置できれいになりきらなかった場合など)には、1年以内の再検査で、6.5%の方に9mm 超のポリープを認めました。この結果より、大腸内視鏡検査は初回検査で病変がなければ、次回検査は10年後に実施することが可能であるとガイドライン上明記されています。ただし、初回検査が不完全な検査であった場合は、1年以内の再検査が必要となります。
参考4:Lieberman DA, Holub JL, Morris CD, et al. Low rate of large polyps (>9 mm) within 10 years after an adequate baseline colonoscopy with no polyps. Gastroenterology 2014; 147: 343-350