皆さまこんにちは、小金井つるかめクリニック院長の石橋です。
今回から数回は、大腸内視鏡検査にまつわる最新の話題をご説明したいと思います。まず初回は、「大腸内視鏡検査を受ける適齢期とは」について、科学的根拠に基づいて解説したいと思います。
日本では長らく、大腸がん検診として便検査(便潜血反応)が行われてきました。便潜血反応は便を採取するだけですから非常に簡便であるとともに、コストが安いという利点があります。
そもそも「検診」という言葉は「健診」とは異なります。
健診は、個人個人に最適化した方法で、その方が健康であることを確認するための手法です。すなわち、わずかな異常を早期のうちに発見し、いわゆる未病の状態で健康寿命を伸ばすという目的で行われます。
一方で、検診は、大多数の人口の中から疾病を効率良く発見することで、人口全体の死亡率を低減させることを目的とします。また、自治体などが主導して行う「がん検診」は財源も限られますから、いかにコストをかけずに効率よくがん死亡を減らすことができるかが究極の目的です。
大腸がん検診の手法として便潜血反応が用いられてきたのはこの「コスト」と「効率性」を重視してきた背景があり、この点においてこれまで様々な報告があります。
最近、17の論文を統合したメタ・アナリシスという手法で便潜血反応の有効性を「コスト」という観点で検証した報告がなされました。年に1回便潜血反応を受け続ける場合と10年に一度大腸内視鏡検査を受ける場合では、大腸がんの発見率に差はないものの、便潜血反応の方が圧倒的にコストが安いという報告です。ただし、もちろん便潜血反応陽性になった場合には大腸内視鏡検査を受けることになります(参照1)。
参照1:Zhong GC et al. Efficacy and cost-effectiveness of fecal immunochemical test versus colonoscopy in colorectal cancer screening: a systematic review and meta-analysis.Gastrointest Endosc. 2020Mar;91(3):684-697.
少し話がそれますが、検査の「感度」と「特異度」という概念について説明させてください。
例えば、ある病気Aを診断することができる検査Bがあるとします。これまでの研究で、この地域における病気Aの有病率は、10%であるとわかっています。
この地域の方1000人を集めて病気Aにかかっているかどうか検査をしました。病気Aに本当にかかっているのは、
1000(人) x 0.1(有病率) = 100(人)
となるはずです。
検査Bで実際に検査を行なってみると、病気Aにかかっている人で検査が陽性であったのは80人でした。また、病気Aでない人900人のうち、検査Bが陰性であった人は810人でした。これを、図にすると以下のようになります。
(人) | 病気A | 病気Aでない | 合計 |
検査Bで陽性 | 80 | 90 | 170 |
検査Bで陰性 | 20 | 810 | 830 |
合計 | 100 | 900 | 1000 |
病気Aを検査Bできちんと陽性と判定できたのは、
80(人) ÷ 100(人) x 100 = 80%
であり、これを検査Bの感度と言います。100%からこの80%を引いた20%は見逃し率(偽陰性率)になります。
また、病気Aでない方を検査Bできちんと陰性と判定できたのは、
810(人) ÷ 900(人) x 100 = 90%
であり、これを検査Bの特異度と言います。100%からこの90%を引いた10%は過剰診断率(偽陽性率)になります。
感度が高くなればなるほど見逃し率(偽陰性率)が下がり、特異度が高くなればなるほど、過剰診断率(偽陽性率)が下がるという関連があります。
つまり、見逃し率や過剰診断率が低い検査とは、感度、特異度がともに高い検査と言えます。
本邦における便潜血反応の感度、特異度はそれぞれ65.8%、94.6%と報告されています(参照2)。
特に感度の点でいうと、遠位大腸(S状結腸など肛門に近い方の大腸)にできた早期大腸がんに対する感度は、わずか32%であるという驚きの報告もあり、いかに見逃しが多い検査であるかがわかります(参照3)。
さきほど提示した報告では、年に1回便潜血反応を受け続ける場合と10年に一度大腸内視鏡検査を受ける場合で大腸がんの発見率に差がないとされていましたが、同じ報告の中で、腺腫性大腸ポリープの発見率は大腸内視鏡検査の方が高いとされています。以前のブログで、腺腫性大腸ポリープの悪性化リスクについてご説明しましたが、個人個人に最適化した個別化健診を考えると、便潜血反応のみでは不十分な可能性があると考えます。
参照2: Morikawa T et al. A compari-son of the immunochemical fecal occult blood testand total colonoscopy in the asymptomatic popu-lation. Gastroenterology. 2005 Aug;129(2):422-8.
参照3: Niedermaier T et al. Sensitivity of fecal immunochemical test for colorectal cancer detection differs according to stage and location.
Clin Gastroenterol Hepatol. 2020 Dec;18(13):2920-2928.
日本では、自治体や職域で行われる大腸がん検診では、1年ごとに便潜血反応のチェックを行い、陽性であれば大腸内視鏡検査を保険診療で行う、というスキームが一般的です。
しかし、上述した通り、便潜血反応は感度が低いため、偽陰性のまま数年経過し、後に進行がんとして発見されるというケースも想定されます。
一方で、便潜血反応は特異度も十分とは言えないため、例えば痔核がある方やもともと便秘で排便の際に肛門が切れやすい方などは、偽陽性になってしまうこともしばしばです。この場合、精査のために大腸内視鏡検査を受けて問題なかったとしても、翌年の便潜血反応が再度陽性となってしまうと、所属する企業や健保によっては、再度大腸内視鏡を受けるように勧告されるケースもあります。これはまさに医療資源の無駄遣いです。
そこで、大腸内視鏡検査を受けた結果に応じて、その方の大腸がんリスクを層別化し、無駄な検査を行うことなく、かつ人生において最小限の内視鏡検査回数で大腸がん死亡を低減できないか、というアプローチが考えられています。
このアプローチについて、次回のブログでより詳しく解説したいと思います。
人生においてたった一度だけ大腸内視鏡検査を受けるなら、60歳で受けると最も効率的に大腸がんによる死亡を抑制できるという報告があります(参照4)。
一方で、ただ一度だけではなく、10年ごとに計画的に大腸内視鏡検査を行うのであれば、50歳からスクリーニングを開始するのが望ましいと2016年時点で米国予防医療専門委員会(USPTF)が勧告をしています。
ところが、つい先日(2021年5月18日)、USPTFはこの「50歳から」を「45歳から」に引き下げました(参照5)。
この理由は、大腸がんの新規症例の10.5%が50歳未満であり、40~49歳の大腸がん症例が2000~2002年から2014~2016年にかけて15%近く増加していることが新たに指摘されたためです。
そもそも日本ではアメリカよりも大腸がん罹患率および大腸がん死亡率が高いことを以前から指摘されています(この理由は様々で、いずれご説明致します)。日本でも便潜血反応ではなく最初から大腸内視鏡検査を大腸がん検診として行うことの是非が学会等で議論されています。現在進行中の臨床研究の結果が出揃えば、その方の大腸がんリスクに応じて大腸内視鏡検査を「検診として」40歳台の早い時期から行うことが許容される時代が来るかもしれません。
参照4:Sonnenberg A et al. Cost-effectiveness of a Single Colonoscopy in Screening for Colorectal Cancer. Arch Intern Med. 2002;162(2):163-168.
参照5:US Preventive Services Task Force. Screening for Colorectal Cancer: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. JAMA. 2021 May 18;325(19):1965-1977.
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