皆さまこんにちは、小金井つるかめクリニック院長の石橋です。
前回までのブログで「胃がんとピロリ菌の関連」および「胃内視鏡検査時に胃がんを発見するために必要な観察時間」についてご説明してきました。今回からの数回のブログでは、大腸内視鏡検査における検査の質の管理方法についてご説明しようと思います。
なお、本ブログのコンセプトは「最新の医療ネタを分かりやすく解説する」ためのものですが、専門用語が数多く含まれます。医療関係者の方でなくとも理解できるように努めてはいますが、用語が多少難解であったり、そもそも扱うテーマが非常にマニアックです。この点をご容赦いただけますと幸いです。
大腸内視鏡検査を受ける目的はなんでしょうか。
検査受けるケースは大きく以下に分けられます。
いずれのケースにおいても共通して言えることは、大腸がんの早期発見、が重要な目的であるということです。
それぞれのケースを解説する前に、スクリーニングとサーベイランスという言葉についてご説明します。
スクリーニングとは、大腸癌などの病気のリスクの有無にかかわらず、その人に大腸がんが存在するかどうか網羅的に検査を行うことです。本邦や欧米諸国では便潜血反応を一次スクリーニングとして行うことが多く、最初から大腸内視鏡検査を大腸がんのスクリーニングとして用いているのはドイツなどごく一部の国に限られます。
一方で、サーベイランスとは、事前に一定の疾患リスクがある人を対象に、疾患の早期発見を目指す検査のことです。大腸内視鏡検査の場合は、上記の通り、大腸ポリープ切除後や、家族性大腸腺腫症や潰瘍性大腸炎など大腸がんリスクが高い方を対象に、事前に検査間隔を決定して行います。潰瘍性大腸炎における大腸がんの発がんリスクとサーベイランスについては、今後当院の川上医師に別のブログで説明をしてもらう予定です。
さて、有症候例の原因検索においては、その原因をつきとめらるかどうかが精度に関わりますが、事前にどの程度原因が存在するか(=事前確率)が不明なため、精度管理の指標を設定することは困難です。
また、特に潰瘍性大腸炎の方に対する大腸内視鏡検査によるサーベイランスについても、精度管理は分けて論じる必要がありますので、別のブログでご紹介いたします。
今回は、便潜血反応陽性の方へのスクリーニングと、大腸ポリープ切除後のサーベイランスにおける精度管理をあわせてご説明します。
大腸内視鏡検査を行う上で、検査医には高度に専門的な技術が求められます。我々内視鏡医は、駆け出しの最初の2-3年は、まずは胃内視鏡検査の技術を学び、その後大腸内視鏡検査の習得を目指すのが一般的です。
我流で大腸内視鏡検査を習得するのはほぼ不可能であり、内視鏡指導医のいる専門施設で学ぶことが多いのですが、残念ながら全ての医師が同等の技術を習得できる訳ではありません。
大事なのは、内視鏡医師がどの程度のレベルに到達しているか、あるいは一定のレベルに到達した後に、日々の検査でそのレベルを維持できているか、客観的な指標が必要だという点です。
では、精度管理を行う上で、どのような指標(パラメーター)を管理すればよいのでしょうか。
あらゆる医学検査に言えることですが、精度管理の指標として、「Quality indicator (QI)」という概念があります。Quality indicatorとは、「事前に設定した目標を達成するために必要な介入の量」と定義されています(参考1)。
参考1: GIE 2015. ASGE: Quality indicators for EGD
と言っても、よくわかりませんので、大腸内視鏡検査を対象にこの定義を意訳すると、「大腸内視鏡検査における大腸がんの見落としをなくすために必要な、検査医師に求められる客観的かつ計測可能な技術的な指標」ということになります。
大腸内視鏡検査におけるQuality indicatorとして、これまでに様々な指標が提言されてきました。
出典:日本消化器内視鏡学会「大腸内視鏡スクリーニングとサーベイランスガイドライン」
日本消化器内視鏡学会のガイドラインでは、大腸内視鏡検査のQuality indicatorとして、「大腸腺腫発見率(Adenoma Detection Rate: ADR)」について言及されています。
ADRとは、その大腸内視鏡検査においてどれくらいの確率で腺腫性ポリープが発見されるか、という指標です。ADRについてざっくりとご説明します。
腺腫性ポリープとは、様々ある大腸ポリープのうち、発がんリスクのある「腺腫」と呼ばれるポリープのことです。大腸ポリープの種類とその発がんリスクについては、過去のブログ「大腸ポリープの種類と「がん化」のしやすさ」もご参照ください。
ADRが大腸内視鏡検査のQuality indicatorたる所以は、2010年にKaminskiらによって、ADRが低いと「見落としがん」の割合が高くなることが証明されたためです(参考2)。
参考2: Kaminski et al. NEJM. 2010
大腸内視鏡検査の究極の目的は大腸がんの早期発見ですから、見落としがんは少なければ少ないほど良い訳です。
・どの程度のADRがあれば優秀な内視鏡医と呼べるのか?
アメリカ消化器内視鏡学会(ASGE)のガイドラインでは、ADR 25%以上が検査医に求められる資質である、と記載されています。当院では常に40%以上のADRを達成していますが、このADR水準がどの程度大腸がんの発見に寄与するかはさらに前向きに検証する必要があります。
ADRの具体的な数値目標や他国のデータについては、過去のブログ「大腸ポリープの発見率と検査の「質」において詳細に解説していますので、是非ご参照ください。
一方で、ADRは患者さんや検査受診者の特性(年齢分布、性別割合、人種、喫煙率など)や検査環境(検査前準備の方法や程度、使用している内視鏡機種)によっても影響を受けますから、一概に施設間での比較はできません。実際に、2020年9月現在、ADRに関して多数の研究を統合したメタアナリシスという最も信頼性の高い研究はありません。
注意点としては、ADRはあくまで指標の一つであり、実はその他の様々な指標と交絡することもあります。次回のブログでは、その他の指標である「内視鏡抜去時間」との関連について最近当院から受理された論文の内容とあわせてご紹介いたします。