皆様こんにちは。小金井つるかめクリニック 消化器内科の川上智寛です。前回の「過敏性腸症候群」に引き続き、機能性消化管障害の代表疾患として位置づけられている「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」について解説します。
胃食道逆流症(Gastroesophageal reflux disease : GERD)とは、胃酸が食道に逆流することにより胸のあたりが焼けるような症状(胸やけ)や胃酸が上がってくる感じ(呑酸)などの自覚症状を起こす病気です。
GERDは以下の2タイプに分類されます。
日本では非びらん性GERD(NERD)が60-70%, びらん性GERDが30-40%といわれています。
またびらん性GERDのうち80-90%が軽症、重症例は10-20%程度といわれています。
つまり、胸焼けなどの逆流症状があって胃カメラを受けても、実際には食道粘膜に傷がないため、「なんともありませんよ」と言われてしまうようなことも多々あるということです。
近年、こういった「見た目はなんともなくとも症状がある方」をきちんと診断しようという機運が高まり、NERDという診断概念が確立しました。
内視鏡的に食道粘膜に異常を認めないにもかかわらず逆流症状が出現する疾患です。
びらん性GERDの特効薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)の奏効率は、NERDに対しては50%程度といわれており、びらん性GERDに対する奏効率70-80%と比較して治療効果が低いと言われています。
当初、NERDは“びらん性GERDの軽症である”という認識をされることが多かったのですが、NERD患者はびらん性GERDの患者よりも胃酸逆流の程度は軽いにもかかわらず、同じかそれ以上の胸焼け症状を自覚するため、近年NERDは“びらん性GERDと異なる病態である”と考えられています。
以下の①~③が考えられています。
③ 逆流とは無関係に症状出現するタイプ:機能性胸やけ
※①や②のタイプはある程度酸分泌抑制薬が有効であると考えられます。
NERDに対してもびらん性GERDと同様に酸分泌抑制薬を使用しますが、上述したように治療に反応しないことも多いため、消化管運動改善薬や漢方薬を併用することもあります。
胃酸逆流による胸焼けであれば、酸分泌抑制薬の効果が期待できます。酸分泌抑制薬無効例の原因は、酸以外の逆流(弱酸、非酸逆流)、食道運動異常症、好酸球性食道炎、機能性胸やけ、心理的要因などが挙げられ、酸の関与が弱いため酸分泌抑制薬の効きが悪いと推測されます。その場合、原因に応じて消化管運動改善薬や漢方薬の併用で症状緩和が期待できます。なお好酸球性食道炎に関しては以前のブログでの解説をご覧ください(前編はこちら、後編はこちら)。
消化管運動改善薬や漢方薬の単独使用でのエビデンスはないものの、酸分泌抑制薬と併用した場合の上乗せ効果は各比較試験で有意差が得られています。NERDに対する保険適応は消化管運動改善薬や漢方薬にないため、他の機能性消化管障害(機能性ディスペプシアなど)と合併していることを前提に保険病名をつけて併用することもあります。
ところで、日本消化器病学会のGERD診療ガイドライン第2版ではNERD治療の第一選択として酸分泌抑制薬のうちプロトンポンプインヒビター(PPI)の使用が推奨されていました。ガイドラインが発行された後の2015年に、PPIよりも胃酸を強力に抑制できるカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(PCAB)が使用できるようになりました。
PPIもPCABも胃酸分泌抑制薬ですので、胃酸の関与が大きいタイプのNERDであるならば、PPIでもPCABでも効果が得られると思います。ただ、NERDに対するPCAB使用のデータは現状乏しく、日本においてPCABのNERDに対する保険適応がないため一番手としてPCABを選択しにくい状況です。一方で、PCABがNERDに対して“有効である”という報告も少数はあり、今後NERDに対するPCABのデータが十分蓄積されて、保険適応追加が認められる場合には選択肢の幅が広がるでしょう。
酸分泌抑制薬の長期使用による副作用は、酸分泌抑制薬の直接作用だけでなく、胃酸分泌が抑制されることに伴う腸内細菌叢の変化や吸収抑制、ガストリン分泌亢進などによる影響もいわれています。
酸分泌抑制薬の長期維持療法により懸念される事象をまとめてみます。
経口的に胃に入った細菌は胃酸により増殖を抑えられるが、胃酸が減っている状況ではその細菌が腸に流入(bacterial translocation)してしまうため細菌性腸炎(偽膜性腸炎など)を引き起こす可能性が指摘されています。しかしながら、PPIやPCAB長期使用例に起こる細菌性腸炎は欧米(とくに北欧)での報告が多く、人種の違いに起因するもともとの腸内細菌叢の差が大きく影響している可能性も指摘されています。事実、アジア人におけるこういった事例の報告は極めて少ないとされています。
鉄やビタミンB12の吸収に胃酸が関与するため、胃酸量が減少すると吸収障害を起こし、貧血が進行する可能性が指摘されています。確かにもともと貧血に対して鉄剤の内服を行っている場合には注意が必要ですが、素因がないのにPPIやPCABを内服することで新たに貧血を起こす可能性は低いと言われています。
ガストリンとは、もともと体に存在する消化管ホルモンの一種で、胃酸を分泌するために必要なホルモンです。PPIやPCABなどの酸分泌抑制薬を長期に内服していると、胃酸の分泌量が低減しますので、人体としては胃酸を分泌させるようにガストリンは過剰に分泌されることになります。ガストリンは実験医学的には細胞増殖の作用があるため、高ガストリン血症により胃がんや大腸がん、カルチノイド腫瘍の発生リスクをあげる可能性があると言われることがありますが、長期比較試験などでPPIの長期維持療法の安全性は示されており、長期使用が必要な場合にはリスクを念頭に使用すれば問題ないと考えられます。
どんな薬剤でもそうですが、特に高齢者などで多剤服用している場合には、PPIやPCABとの併用により、もともと内服している薬剤の血中濃度が変化する可能性があり、注意が必要です。
現在、2016年3月~2022年2月終了予定で「PCABの長期安全性を評価するための比較試験(参考1)」が行われており、長期の安全性についての結果がでてくると思います。きちんとしたエビデンスに基づいて担当医と相談の上で適切に長期維持療法を行っているのであれば問題はないはずで、自己判断での中止はおすすめ致しません。
(参考1)Uemura N, Kinoshita Y, Haruma K, et al. Rationale and design of the VISION study: a randomized, open-label study to ebaluate the ling-term safety of vonoprazan as maintenance treatment in patients with erosive esophatigis. Clin Exp Gastroenterol 2018; 11: 51-56